犬小屋にネコ

ぐうたら図書館員がおくる猫の話。映画や本の話などもたまに。

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気がつけばそこかしこにカボチャがいる10月だった。
いったいいつから日本でもハロウィン?
昔はこんなに煽らなかったよなぁ。
グッズやお菓子はたくさん売っているけど、実際に「Trick or treat」ってやってる人たちはいるのでしょうか。
とはいえ、カボチャ好きなので便乗でパイなど買ってみたものの・・・

かぼちゃのジャック


ごめんよジャック。
真っ黒クロスケになってしまったよ。

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法事(?)のために親戚一同で、秩父の三峰神社へいく。
なんとも面白い法事なんですけれどね。
何年か前、もっと大々的にやった時には、舞いを踊る巫女さんが現れたとたんに親戚のおじさん

「おっ!キレイどころがでた!!」

と、カメラ片手に身を乗り出す始末。

今回は、合同なんだとかで。見知らぬご家庭の人々と一緒に式を行ったわけですが、
「今、御霊がこちらに~」と呼ばれたと思ったら、さっさと帰されていた。
じいちゃん、供物の酒を一口呑んだかってところだったろうにねぇ。

それにしても、みなさん写真を撮る撮る。
式の最中とか自分の身内だけではないとか、そんなのは関係ないんでしょうかね。
ま、神社の方々も撮ってらっしゃったので、固いことはいうなよって感じでしょうか。

さて、今回は電車で行きました。
秩父鉄道の御花畑駅は小さくてかわいい。
そして立ち食いそばもうまい。ひっそりと貼ってある映画の広告を観ていたら
「これ、torotaのことじゃん!」
って、『ノン子36歳(家事手伝い)』
親戚は容赦ないのである。


切符をパチンパチンと切ってくれるのって、久しぶりです。


三峰法事


三峰法事4


三峰法事2


三峰法事3


窓が開く電車(もちろんこの形の)に乗ると妙にワクワクしてしまうのです。
意味もなく撮っておかなくては!とか思ってみたり。

三峰法事5


三峰法事6


しかし、ウキウキ気分もここまで。
迎えのバスに乗ったあたりから・・・ううー。久しぶりに酔った。
なんでケーブルカー廃止しちゃったんだー。老朽化?採算取れず?でも、切実なんですこっちも。
途中でニホンカモシカに遭遇するも、見る気力なし。
神社の神のお使いがオオカミだというのに、喜ぶ気力なし。
ふぅ。
法事の後、きっちり食べて温泉まで入って。
ああ、また車。うねうね山道がー。

こちら↓バスでわあわあ騒いでくったりお子さん。でもすぐにまた復活するのである。
恐るべしDNA。

三峰法事7


じいちゃんもひ孫の顔見られてよかったね。
あ。でも召還されてた時、お子は会場にいなかったな。
今月で一人暮らし1周年。
いつもながら月日が経つのは光陰矢のごとし、はやっ。
その記念といってはなんですが、人数も増えためーさんたちの新居を購入してみた。
前から欲しいとは思っていたものの中々見つからず、骨董市にて購入。

あ。
めーさんというのは、メダカさんたちのことです。
ちなみに「おめえさんたち」と「めだかさんたち」が、くっついて「おめさんたち」と呼ぶことも多い。
torota語である。

ポニョの妹たちのお家を見ては「ああ、うちのめーさんたちのお家にしたらかわいいだろう」と夢想していたが、もちろんあんな立派なものは置けません。

めだか新居


島根県の布志名焼というのだそう。

めだか新居2


メダカと同系色なのでよく見えないけど、カーブに映った影がきれい。
本人たちも広くなってのびのびしてる気がする。

めーさん大人衆の引越しにともなって、今年生まれの年長組、年少組もそれぞれ格上げに。
これまでガラス瓶に入っていた年長組が一番喜んであちらこちらスイスイしていた。
ガラスの中にいた時はやたら外側を向いて、ガラスを突いていたのに。
外が見えない陶器の方が落ち着くのだろうか。
室内の年少組にいた大きいのを1匹だけ年長組にうつしたところ、みんなと色がちがう?
明らかに色が白いのである。
やはり室内もやしっ子は色白で、お外の子は日に焼けているということなのか。
よく観察してみると不思議はどこにでも落ちている。

年長組の大きいのを大人衆に入れてみたところ、気分も突然大人に仲間入り。
はしゃぐでもなくじっと水底にいるのは・・・
つまらん大人になるんじゃなーい。
年に一度行われる図書館の本を地域のみなさんにリサイクルするイベント最終日。
図書館も混んでいた。
そんな日の午後にカウンター当番。
そこに・・・

勝手に職員用扉を開けようとする男の人が!
おおっー、あの、困ります。と止めると。

「あ、あの、以前役所に勤めていた者ですが、職員録を見せてもらいたいのですが、職員の人はいませんか。」
と、今度はカウンターの内側にずんずんと入ってくるではないですか。

あやや、あのですね。ちょっと外へ。と丁重に押し出して。
今日は人手が少ない上、管理部署の人間は休みの旨伝える。

「ああ、土日でしたか。愚問でありました。失礼。」

と去ること5分。
今度は忘れ物をしたと、またカウンターの内側に・・
ああ!だからだめですって。あの、外へ。はい。
そしてまた10分後。
「先ほどそこにいた男性職員と話をしたい。」と。

...だんせいしょくいん?うー、あの人は図書館の利用者です~


さて、その後しばらくすると今度は。

「あの。○○さんいない?○○さん!」と違う男の人。

あー。男性の○○でしたらいますが、今日はお休み・・・という言葉の途中で遮られ

「ちがう!女の人。さっき話したの。イベントの会場でね。
あのさータイムリーな問題だから急いで欲しいんだよねー。俺も忙しいし。」

は。たいむりーなもんだい。ですか。
しかし職員に女性の○○はいない。
委託業者の人に○○さんなる人がいるかどうか確認するが、どうやらイベントのために補充的にやってきたアルバイトさんのようで、その人のシフトがわからない。
委託業者のリーダーさんに確認するから待ってというと、
「だからー、タイムリーな問題なの。時間がないの。わからないならいいよ!!」
そして、外国人のように肩をすくませて去っていった。

後に発覚したことだが。
いつも決まった雑誌を目当てでイベントにやってくる人のようで、
12ヶ月分揃っていないのは何故だ!
(まあ誰かが持っていったんだろうねぇ。早いもの勝ちだから)
と、ごねたりしているらしい。
○○さんが親切に対応して以来、何かと彼女を捜してはつきまとっていて困っているとのこと。

ああ、会わせなくってよかった。

そして最後は。
その日は他にもイベントが行われていたのだけど、それについて文句があるという人。
そのイベント関係者に忠告があるから、来い!と言ったのに、待っていても自分のところに来ない。
おかしい。文句があるから図書館の人間でもいいから話を聞け!!

って、図書館への苦情ですらないし。

爽やかな秋の1日がこうやって終わっていくのです。
偶然にも自らチケットを取らずして、初ナイロン100℃体験することになった。
事前情報まったくなし。
ただただ、ナイロンは長いよ、ということだけ聞いた。

ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出「シャープさんフラットさん」

結成15年記念公演にあたる今回のテーマは「笑いと人生」
同じストーリー、同じセットで2パターンという大盤振る舞い。
ちらしにはこう書いてある
「よく、台本執筆の際に、「こうなるのもアリだし、ああなるのもアリだし・・・」と
展開の選択に迷うことがある。
そこで悩んでこそよい作品が生まれる。
でも今回ばかりはあまり悩まず、部分的にではあるが、両方選ぶことを選ぼうと思う。
二本あるからそれができる。吟味などせず、Aを一方に、Bを一方に振ればいい。」

つまり、そうゆうことです。
そしてそんな風に、同じものを別の目線でやるっていうのが私は好きなのだ。

お話は、バブル期から始まってバブル終焉とともに終わっていく。
いや厳密にはまだ続いているのだろうけれど。
幼い頃の家庭環境から<つまらないこと>で笑えなくなったある劇団の作家辻煙。
笑いにこだわり続け、<笑っていけないものなんてなにもない>という信念のようなものと
自分の笑いが世の中に受け入れられなくなっていく辛さに押しつぶされて
あるサナトリウムに逃げてくる。
そしてまあ、そこで群像劇が繰り広げられるわけです。

主役の辻煙は、
ブラックチーム:大倉孝二
ホワイトチーム:三宅弘城
そして唯一彼らだけが、自分が出ないほうの舞台にも出ている。
ふたつの一番大きな違いはブラックでは女だった小骨(という名前の登場人物)が、ホワイトでは男だったこと。
二本観た結果、最初のブラックチームではわからなかったことが、ホワイトチームで解明されていくようだった。

ところで、想像と違いましたケラさんの世界。
簡単に言うと、もっと素直に笑える(ブラックだとしても)舞台なのだと思い込んでいた。
なんていうか・・・ところどころ笑いはあるものの全体的に重くてまじめだった。
そして主人公が脳内迷宮に迷い込めば迷い込むほど、わたしの脳みそも必死でついていくため
観終わった最初の感想は、「脳がつかれた。」
2時間半で休憩なし。
そんなに長いわけではないはずなのに、おでこの上あたりがシューシューしていた。
映像と舞台をシンクロさせる演出はとてもよかった。
死んだ父親が出てくるところも好きだな。
でも、最後の場面で主人公がこれまで手がけた芝居の登場人物が出てくるシーンで、
ちょっと引いた。
突然のテンションの違いについていけなかった・・・でもそれも主人公のイッチャッタ感を出すのにはよかったのかな。

大倉煙は虚無的で乾いた風でイメージと合っていたし、
三宅煙はリアルに足掻いてる感がでていた。
あ、でも。劇団員関口は三宅さんの方がしっくりしていた。バカっぽさに安心感があるのね。
全体的にはラストの違いを含め時代によりリンクして、わかりやすくできているのはホワイトチームだったように思う。
2回目だったから思うのかもしれないけれど。

<売れないお笑い芸人と彼を天才と信じて疑わない妻>は、
自分の力量に限界を感じている夫とまったくその空気をよまず「天才天才」と言い続ける妻の心のずれとお互いの思いやりが苦い。
その夫婦をうらやむ辻煙がなす<辻煙と彼を理解できない恋人>の構図が、
最終的には<辻煙と彼の笑いを理解できる赤坂>とに変わっていくにつれ、笑いがわかりあえる者同士の狭い世界となって傲慢さがにじんでくる。

あんなにも自分を理解してくれる人を求めていたはずだったのに、彼は心から楽しいのだろうか?

タイトルの由来は、不思議キャラの劇団員関口が小学校の時に書いた作文から。
「世の中と同じように歌を奏でられない、むしろそんな世の中とずれている人の方が多いのではないか。僕はそんな人たちをシャープさんフラットさんと呼ぶ。」
長い間共にいた劇団員にも、世間と自分とのギャップを感じながら自分の世界を生きていた人間がいたというのに、しかもそれを飄々と!、それに気づきもしなかった主人公がなんだか悲しい。
辻煙と関口は実は対をなしていて、それこそ一方が選ばなかった、思いもしなかった生き方をそれぞれが生きているのかな。

そんな風に考え出すと、
あちらにもこちらにも選ばれなかった世界があるように思えて、噛めば噛むほどああスルメ的。

ところで、
先日、カフカ全集の前で立ち止まり、
フランツ・カフカ作・・・いや、イナイス・トマト作・・・「変身」
ひとり思い出し笑い。
禁断の本はある日突然やってきた。

職場の山積みの机の上に覚えのない本が置いてある。
「貸すよ」とも「読んで」ともなく、ただ置いてある・・・

うーむ。
誰が?読めってことか?
と、ページをめくると!

ああっ!

くるねこくるねこ
(2008/01/15)
くるねこ大和

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この本かあ!(カバーが掛かっていて表紙がわからなかった)
一度書店で手にしたもののブログ本だしなー
こんなに猫の本ばかり買ってどうするっと自らを諌めた本だったのでありました。
おおー、ラッキーと読んでしまったのが運のつき。
次の日には財布握りしめ2巻を買うために(というか、結局1巻も買うってことですねそれは)本屋へgo

飼主のくるねこさんがマンガで綴る猫との日々。
じゃれる猫、すりすりしてくる猫、懐かない猫、怯える猫、捨て猫・・・
ああー、かわいいのう。
気持ちわかるよのう。
ううー、美輪のもんさんにだったらオーラ見てもらいたい!!
ぽ子ちゃんかわいいし、ぼんちゃん最高、そしてブラックトメ降臨はツボでした。

と、堪能したら実家のとろたに会いたくなって、ちゃりちゃり~と帰ると、あれ?
この車は・・・

縁側とろた1


mちゃんがきてるんですわ。ふーっ。

縁側とろた2


え。触りたい?本の猫みたいに?
しょうがないなぁ。ちょっとだけだよ。


縁側とろた3


うにゃー、気持ちよくなってきた~

縁側とろた4


さ。今日はこれでオシマイ。

m嬢がお子を連れて遊びに来ていたので、家に入れず小雨降る中縁側で待機のとろた。
よほど暇だったのか、結構すきに触らせてくれたのだった。
しかしイマイチ距離があるんですよね。

この本はくるねこ大和さんのブログが元になっています。気になる人はぜひ一読あれ。
くるねこ大和

持ち主を見つけ、お礼の言葉とともに相手の机の上に返却。
結局、あれは貸してくれたのか?置き忘れただけだったのか?
謎は謎のままなのである。
母の誕生日祝いにと、無地の袋に画像を転写してとろたバックを作ったのですが
(詳しく知りたい方は<とろたバック発売中!>の回をどうぞ)
その後日談。

ある日母がバスに乗っていると
どこからか

「あー、とろたバックだー!!」

ええーっそんなっそんなことが~。
とろた大人気???

と、振り向くとYちゃんがニコニコしていたのでした。
Yちゃんはイトコのmちゃんの友人。

そ、そうだよね。
知り合いに決まってるよね。いや、Yちゃんっていうのもびっくりです。
ブログ、読んでくれてどうもありがとう!

ちなみに左右反転してしまった初期バージョンから改良し、
今ではきちんと正しい写りになったとろたバック絶賛発売中です。

久しぶりに厚川さんより展覧会ハガキが届きました。
が・・・!
もう終わってます。

鈴木亮介による豆盆栽 現代作家による[豆鉢と小卓]展

名古屋市にある<L GALLERY,F-1>というところで10月10日から13日まで出品していたようです。
DMの豆盆栽がかわいらしくてよい感じ。
近かったらぜひ行きたい。遠くてもせめてやる前にDMは欲しいものですがねー。
過去のイベントとしてDM見られますので興味のある方はのぞいてみてはいかがでしょう。
ちなみに11月1日からの木彫りの作品展もとても素敵です。
http://l-gallery.jp/

あ。
もう1枚はまだやっていました!

常滑・瀬戸・美濃の十人展

10月3日(金)~19日(月)
DOギャラリー(DO LIVING ISSEIDO半田本店2階)
午前10時から午後7時まで
http://www.sugiura-isseido.com/

半田市立図書館のすぐ近くのようです。

確か去年も出品してました。十人展なのに、なぜか厚川さんは二人一組として(だから実質11人になってる)出てましたが、2回目の今年はちゃんとお一人様として出ているみたいです。(笑)
よかったよ。

DMには、
「瀬戸・常滑・美濃で活躍する新進気鋭の若手陶芸作家十人が終結。
それぞれの個性やこだわりに溢れた約1,000点を展示します。」
とあります。
十人の作家さんはDM紹介順に以下のとおり(敬称略)
渡辺敏史(常滑)
厚川文子(美濃)
平野美帆(常滑)
芦田裕康(瀬戸)
松下 涼(常滑)
寺田鉄平(瀬戸)
山口真人(瀬戸)
藤居奈々恵(美濃)
前川淳蔵(常滑)
本池今日古(瀬戸)

芸術の秋読書の秋。
図書館によってその足で・・・陶芸鑑賞なんていかがでしょう。
結局、観た。
なんだ。
こんなことなら、躊躇せずさっさと観にいっていればよかった。
と、思うくらい久しぶりに映画館で観た宮崎作品はよかったのであった。

宮崎駿が今ほど知名度のなかった頃。
秘かに話題の『風の谷のナウシカ』が終わってしまう、と新しくなる前の文芸坐へ連れられていった。
『カリオストロの城』との二本立てで、混んでいる映画館の扉をそっと開けると満員立ち見の大人たちの隙間から、ロープにぶら下がっているルパンが見えた。
終わって出てくる人はみんな大人。
なんとか次のナウシカを観ようと中へ入るが、やっぱり席はなく。しかも通路にも人が立つくらい混んでいる。そしてそれも大人ばかり。
親切な誰かが席を譲ってくれて母は弟を膝にして座り、私はずっと横に立って観ていた。
あれから何度もナウシカを観たけれど、実は最初に観た感想は覚えていない。
たぶんメーヴェに乗りたいなぁとかそんな感じだっただろう。
それよりも、真っ暗な映画館でスクリーンの灯りの中、横を向いたら母が涙を流していて
すごくびっくりした。

その時にはわからなかったことが、大人になってわかるようになり。
ある日ナウシカのDVDを観ていたら、なんだか泣けている自分がいてやっぱりびっくりした。

小学生がいい大人になるくらいの間、宮崎さんは映画を作り続けていてどんどん知名度は上がっていった。
たくさんの行列。好意的な批評。
でもどうだろう。
彼の伝えたかったことはたくさんの大人たちに伝わったのだろうか。

ずい分前に、たしか人類の未来だかこれからの世界だかをテーマとした作品展示をみた。
その中で宮崎さんは作品を作成せず、人間に対しての諦めや嘆きを文章にして提示しただけだった。
映画を観たその時はすごいよかったと言うけれど、自分のメッセージが観た人の実生活に反映されていないことに寂しさを感じているように思えた。
森はなくなるし空気は汚くなるし殺伐とした世の中はなんも変わらんのだよ、どうせ。
というような。

それからも映画を作り続けた宮崎さんがたどり着いた、<悟り>が『崖の上のポニョ』なのだろうか。
気難しく考え込んでたどり着いたのは、シンプルに。
未来は子どもにたくそう!子どもの力を信じよう!と。
観ているうちに根底に流れるメッセージはナウシカと同じなんじゃないかという気持ちになったくらい
伝えてくる重さは変わらないけれど、
理屈じゃなくて感覚で、楽しみながら深いところで響いている感じがする。
とりあえずは観て楽しんでくれればいいんだよって。

今度はたくさんの子どもたちに囲まれて映画を観ましたよ。
はじまりのジブリマーク(トトロの絵)に「あ!ととろ~」と誰かが喜んで、
ポニョがハムを食べちゃったり水をかけたりするたびにみんなコロコロとよく笑う。

想像していた以上に色が鮮やかで温かみがあった。
沈んだ家々の間を泳ぐ古代魚は、腐海を飛ぶ蟲みたいで鮮明だし。
こだわったと言われる海の青は幾重にもなって深みがある。

海を駆け回り父の心配を省みず力技でソースケ命のポニョと、心優しく礼儀正しいソースケ。
強い女の子相手でもやっぱり男は頼られて(というか、フォローして)大きくなっていくのだね。
今の私は彼らと同じ目線になることはできないけれど、
せめて海の観音様のように大らかで、ソースケの母リサのように真っ直ぐに子どもを信じる
そんな大人でありたいですね。
個人的には報われない心配性の父フジマキがとってもスキ。

突然やってきて『ポニョ』へと私を誘った母は、終映後横を向くとまた涙を流しており!
そして「おかーさんもハムだーいすき!」と帰りにハムを買ってくれたのだった。
100_0065.jpg


急に秋の気配が濃厚になって、いつまでも夏気分でウキウキ夜遊び(パトロール?)していたとろたも
「あー、さむさむ」と布団にもぐりこんでくるようになり。
しかしこの猫は、いつまでも慣れるということがない。
飼っていれば足元スリスリとか。
喉ゴロゴロとか。
飼主は期待しますがね。
布団にもぐりこんでぴたっと寄り添って寝るくせに、ちょっと人間が動くと

びくっ

気を使っておちおち眠れやしないとぼやく布団の主なのでした。
そもそも大道あやを知ったの丸木スマ展へ行ったから。(詳しく知りたい方は<丸木スマ展>の回をどうぞ)
スマさんの娘なのだという。そしてなんと母同様彼女も60歳を過ぎてから絵を描くようになったのだという。

雨の中渋谷区立松涛美術館へ。

平日の昼間ということもあり、またしても高齢のおばさまたちに囲まれる。
丸木スマの奔放な絵とはまた違った、几帳面な誠実さが現れる絵だった。
タイプの違う絵を描く母娘だけれど、自然に対する視線というか花や動物をよく描くところはとても似ている。
そしてその描写がきっちりしている。
普段目で見ているつもりでも実際に描こうとすると描けないのが現実。
でもこの母娘は自分なりのタッチで、とても正確に自然を描くのだ。
飼っている猫の絵が多くて、しかもいるかいないかわからないように登場させているのが微笑ましい。
母にできるなら自分も!と気概を感じる絵もあり、これまでの辛さを絵にぶつけている部分もあったのかもしれない。

大道あやは絵本作家としても活躍していて、下のフロアでは絵本作品が展示してあった。
しかし・・・
そこは不思議なマダムの世界。
上の階が正式な展示室とすると、下はさしずめサロンなのか。
部屋の真ん中にどっかりとソファが置いてあり、ふと見ると反対側の入り口でお茶とケーキを注文できる。
食べながら見る。が、できるのだ。

タコが余興をするというなんだか不思議な絵本を見、カエルのモモルはおバカだなぁなどと眺め、
年寄り猫のちょんは格好いいなあと進むわたしの耳には

「ダージリン!」
「ダージリン!!」
と、注文口に向かって叫ぶおば様の声が響いておりました。

頼む、歩いて行ってくれ。

・・・

大道あやと丸木スマについては少し前にテレビで紹介があったらしく、
お孫さんと暮らす大道さんの様子が映しだされていたそうです。
100歳!すごいな。

絵本はほとんど絶版らしく、図書館にならあるかな?
こちらの本は割と最近の発行のもの。

へくそ花も花盛り―大道あや聞き書き一代記とその絵の世界 (福音館文庫)へくそ花も花盛り―大道あや聞き書き一代記とその絵の世界 (福音館文庫)
(2004/05)
大道 あや

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torota

Author:torota
寒いとつい、家でゴロゴロ。
お外にでようか、ぬくぬくしようか。

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