犬小屋にネコ

ぐうたら図書館員がおくる猫の話。映画や本の話などもたまに。

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本日、フロアで調べ物をしていたら
ぷらぷら~と歩いてきたおじさんが、手に持っている辞書を
ガスッガスッと棚に戻していた。

しかも、棚の隅っこに!

思いっきり突っ込むのは、どうかー・・・とも思うがここではそれにはふれないでおこう。

確かにどれも<ほぼ>正しい位置に戻っている。
大きなくくりでは正しい。
同じ内容の本があるところに戻っているから。
でも、<正しく>はない。
ここが難しいところなのだ。

たぶんなんとなく近いところに戻した方がいいだろう、という好意なのだろう。
それはよくわかる。わたしだって気持ちはわかるんだよ!
実際この話をすると、「あった場所=同じ棚」っていう気持ちはよくわかる、という意見も多いし。
でも<正しい>ところじゃないならば、
「場所のわからない本はここに置いてください」っていう棚もしくはブックトラック(スチール製のワゴンのようなもの)に置いてもらった方が助かるんですよ~。

今回のように図書館員が気づく位置にいつもいるわけではないし、日に何回も書架整理をすることもない。まして、民間委託だ指定管理だと様々な立場の人が入り混じって働いている今、司書がじっくりとフロアを見回ることは少ない。(うちだけですかね?)
本を借りに来た人が探しているけれど見つからないというので、変わりに探すと正しくないところに本が入っているということもあるし。

と、いきなりまじめな枕から入りましたが。

先日書いたものよりも、もっと壮大なイタズラ(ああ!これこそイタズラ)が我が図書館で勃発しているのだ!
今度こそは絶対捕まえられない。
あ、いつも捕まえられないのだけど。

それは自治体間を越えたイタズラなのだ。

うちの図書館の本棚に別の自治体(仮にA市としよう)本がしまわれていた。
働いている委託業者さんが見つけてくれたので、早速ネットでA市の図書館の所蔵状況を確認。
→貸出中になっていない。
ということは、A市では適正な処理をしていない。つまり、勝手に盗ってきた。
「A市さんうちにそちらの本が旅して来ましたよ。」と電話すると

なんと、あちらにはうちの地域図書館の本が行ってると!

しかもこれが、一度や二度ではないのです。

私が働いている図書館ではBDS機能(資料を持ち逃げするとピーッとなるシステム)が入っているので、そのシステムがない図書館を狙っているらしい。
おおー・・・

いやーイタズラも壮大だね。
電車とかバスとか乗り継いで行き来するのかな。
それともわざわざ車か・・・?
ここまで行くと、ちょっと感心。
でもよい子のみなさんは自分を試したりしないでくださいね。

そして、その本は<正しい>ところにしまわれていた・・・
とかだったら、そのこだわりは尊敬に値するかも。
いや、なんのためにそんなことするのかは理解できないけどさ。

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作家の川本三郎氏が、二週間ほど留守にしていたら猫にフーッって怒られたらしい。
そんな文章を目にしたのだそうだ。
そして、遊びに来ないと
とろたに忘れられちゃうよー。

そうだった。
やつらの脳みそはちっちゃいのだった。

その日実家へ帰ると、とろたは遠巻きにして家に入らないのである。
なんで?もう忘れたのか?
いや、まだそんなに経っていないはず。
事情を聞くとさっきまでmちゃんがいたのだという。

そうか・・・

mちゃんはいつでもどこでも元気な豪快ねーさんだ。
その子どもの心を忘れない精神は、ある意味清々しいほどである。

とろたがもっと小さくて、まだちびこねーさんと一緒にいた頃。
彼は洗礼を受けることになるのだった。

うちに猫が住み着いたと聞いて、遊びに来たmちゃん。
2匹を見ると
「あーっ、ネコ!」
と、声をあげるやいなや止めるまもなく突進。
2匹に向かって走りより、腰を抜かさんばかりの猫ズを前に
「がぁーっ」
あわわ、あわわと逃げ去る2匹を見て「あっはっはー」(いや、ほんとにこんな感じ)と高笑い。

頼む、勘弁してやってください。

元々人間不信の猫だったのに、それ以来さらにmちゃんには恐れおののくようになってしまった。
家でゴロゴロ寝ているときに彼女が遊びに来ると
とたんに窓に走りより、ふるふる震える(誇張でなくほんとに)とろたなのだった。

それでもmちゃんはなんの邪気も無く、目を輝かせてからかうので、もうしょうがないな。
しかも、
外で遊んでいて「そろそろ家にいれてほしーなー」と、窓から家の中を覗いて
そこにmちゃんを見つけた時のとろたの顔は、なんともかわいい。
本猫はかわいいとかそんな場合ではないのだろうけど。

そんなある日、家の中でmちゃんととろたが鉢合わせしてしまった。
固まるひとりと1匹。
さあ、mちゃんがとろたに向かって何かを言おうとした時

ニャー
ニャアニャアニャーッ

とろた、立ち向かう。
それを見たmちゃんは
「よし。成長したな。それでこそ、とろただ!」

もう、なんなんですかあんたらは・・・

そんなmちゃんが出産しました。
「とろたー、怪獣が子ども産んだよ。怪獣ふたりになっちゃったよ。」
と言っても、わかってるんだかわかってないんですね、とろたはどこ吹く風。
ま、子育てに忙しくなればよその家の猫のことなどかまう暇などないでしょう。

なにはともあれ、おめでとうmちゃん
観ようかどうしようかうだうだしていたが、
何も考えず楽しもうと行ってきたのだけど・・・
気分的にもっとのんきに笑えるものを選んだ方がよかったな。

とはいえ、それはこちらの都合なので
映画のスタンスとしては『デスノート』からなにも変わっていない。
映画版の決着として、Lの最後の23日間(その少し前から)の物語。

公開終了間近にいっておいて言うのもなんだが、
やはり『デスノート』から間があきすぎてしまったのが、もったいない。
距離ができてしまったので、その世界についていくのに時間がかかってしまった。

呆れるくらい大げさにばたばたと血反吐を吐いて倒れる人々。
そうだったそうだった!
前もこんな感じだったぞ。

”猫背を伸ばすL” ”子どもは苦手だと認識するL” ”ママチャリに乗るL”
アクティブなLというのも微笑ましい。

それは、自分の最後を知っているからなのかな。

話は、まったりとしてキレがなかったけれど
最後はきっちり落とすところに落としてます。
L亡き後の後継者まできっちりと。

そして最後の最後、この世界も悪くはなかったと空を見上げるLを観るだけで
すべてが相殺されて、一緒になって「ああ、そうかもね」なんて。

なんて単純なんでしょう。
水ぬるむ春。
普通の温度に設定しても、超熱湯になってしまう我が家のガス湯沸かし器。
冬はちょうどよかったのに・・・
これからまた熱湯になるのか・・・

とろたはルンルンで野外活動活発化です。
パトロールに行ってるのか?
と思うと、庭のプランターの上で寝ていたりね。

先日の母メールによると、
黒い親子猫(たぶん大きさが違うから)が、我が家のプランターでくつろいでいたそうな。
とろたは?!
と、見るとこれまた犬小屋でまったり~。

いったいどうゆう関係?
「ゴス」と聞いて思いつくのは、いまや「ゴスロリ」だけ。
黒いひらひらしたお洋服が頭を舞ったが、そんなだけのものではもちろんないから芸術なのである。
展覧会概要の言葉を借りれば
<保守的な世界に立ち向かおうとする自己表現のありようそのもの>なのだそうだが。

よく国語の試験では、作家の意図したものとは別の答えが正解だったりする。
それと同じで芸術・美術というものも、作家の気持ちとは別の解説がついていたりするのだろうか。
とにかく、どうしてこんなに深く作品についてのべられるのか、そこに疑問はないのか。
解説を見るたび、はなはだ疑問だ。
だって、この解説を書きましたがあってますか?
なんて作家に聞いたりはしないわけでしょう。
作家としても、「おお!そうそう、そんな意味なんだ。」なんて渡りに船で乗っかっちゃったりして。

それでも生真面目に解説を読まなくては気がすまないA型なのです。

はかない骸骨の世界からはじまり、アナタダレデスカ?ニホンノアニメダイスキデス
指の闇鍋、ゴスロリ地獄、ああ恐怖の館…やめてー、
そしてすべてを超越した解放へ。

ディープワールドへようこそ。

思い出すだけで胃があがってきそうなほど、一足進むごとによくわからない世界へ突入。

リッキー・スワローさんの精密な技術に感心。
ここが一番好きかもしれぬ。

吉永マサユキさんの黒から白、かわいいから痛いまですべてありの写真は、
これでもかこれでもかとはりめぐらされ
見ていて苦しい。
おかーさん、酸素をください。
白いタイツに太い足。
自分の幼少期を思い出します。
大量の写真を前に立つと、ひとつひとつのささやかな訴えが集団となって
ゴスゴスゴスと訴えかけてくる。
写真の中の人たちは痛々しい。
これは世界に立ち向かおうとする人たちなのかな。
自分の心の扉を守ろうと毛を逆立てているような気もするのだが。
それでいて羨ましいことに、自分を表現できる自分の世界に没頭できる喜びももっている。

そしてピューぴるさん。
自分をまる裸に曝け出せる強さ。
あまりのことに圧倒されました。
すごく裾の長いウェディングドレスをみて、
ふと、とろたがドレスに潜って遊んでもこの人はきっと怒らないだろう。
なんてことを考えた。

どんな内容であれ、きっと学芸員は正しいのだ。
解説が理解できないのは私の理解力のせいなのだ。
だって、これ以上の作品の並びは考えられない。

3月26日まで

しかし、小市民には厳しい旅路であった。
常設展でブレッソンにあった時、
異国の地で知り合いにあったと同じくらい、ホッとした。脱力。ふぅ。
銀座5丁目にある清月堂画廊へ西野陽一展を見に行った。

すべて動物を描いた日本画で、カレンダーになった12ヶ月の原画と屏風など大作が少々。
ワンフロアの小さなギャラリーですが、堪能です。
鳥・犬・猫からカニ・なまず・金魚まで、リアルすぎず優しい筆で描かれていて
まさに動物好きにはたまらない空間。
癒やされます。
月をテーマにした4枚のうちの1枚は、満月とスッポンを正面から見た図。
月とスッポン?
ユーモアのセンスもおありのようです。
足の長い猫。蝉と戯れ、蝉はシッコする。
日本画で描くとなぜこんなにゆったりとしているのだろう。
とろたと蝉・・・格闘技。

動物たちのふわふわとした毛の様子を、見ているだけで触りたくなってくる。
ああ、触りたい。ああ、かわいい。
が、売約済みの赤いポッチがすでに貼られておりました。
(貼られてなくても買えないけれど)

さあ目を閉じて、絵を想像しながら、とろたを触ろう。

3月23日まで 無料

4月4日~6日 東京国際フォーラムで開かれる「アートフェア東京2008」にも出展されるようです。
http://homepage2.nifty.com/saihodo/exhibition_o_nishino_artfair08.html
と、書くとまるで『図書館戦争』みたいですが。
あんな風にパラレル図書館ワールドでなくても、日々闘いはあるのです。

気がつけば今年で7年目。
でもいろいろな部署があるので、すべてを覚えるにはまだまだ時間がかかる。
ひとつのところで最低3年は必要でしょ。
自分は覚えるのに時間がかかるからな。
ということで、今の担当のひとつである参考図書(辞書事典類)。
これはたぶん3年目だけど、なかなか全貌の把握ができません。
まず、タイトルをきっちり覚えられない。
たいてい本棚の位置と装丁で覚えてるだけ。(こんなこと書いてしまっていいのか・・・まあ見逃してください)
だから場所を教えることはできても、本の名前がすらすら~と出てこない。
日々勉強が必要なのである。

なのでできるだけ出勤日の朝は書棚を見に行くようにしている。
悲しいかな、委託業者は本の整理まで仕事という認識ではないみたいで・・・というのも理由のひとつなのだけど。
棚を見ないとうちの図書館が持っている本、人気のある本の動きがわからない。
本を棚に戻す行為は誰にでもできると思われているけれど、別のサービスにつなげる為にはおろそかにできない。
そういう意味では、委託業者に回して分業にできる仕事なんてなにひとつないと思う。

で、ある日のこと。
いつものように参考図書コーナーをぶらぶらと確認していると。
国語辞典のコーナーがおかしい。
あきらかに乱れ具合が変。すかすかでぐちゃぐちゃなんである。
参考図書は貸出禁止の資料が多いから、棚に本が戻っていないということは・・・

なぬーっ!
おのれ、持ち逃げしたかー!
と、般若の形相で近くの棚を見回し本の後ろに落ちていないか確認して回る。
すると・・・でてくるでてくる。
本の隙間、本のうしろ、別の場所からごっそりと。

その日から、戦いの火蓋が切って落とされた。

例えばこんなことがある。
1つ間違ったところに入っている本を見つける。
正しい場所へもっていくと、そこにまた違った本が入っている。
で、それをまた正しい位置に直すとそこにも・・・
む。遊ばれている。
しかしそのうち、そんなまどろっこしいことはなし。
棚の後ろにドカドカと何冊も隠してあるようになり。
む。む。
これまでにもまして、気合を入れて国語辞典コーナーを見る。

書架がぐちゃぐちゃ!本がない!探してもどす。
次の日見る。またない!!また、探す。
また次の日見る。またない!!!
ああ、エンドレス。

観察するうちに気がついたのは、なくなるのは常に同じ本。
新しくて色が目立つイミダスの「現代人のカタカナ語欧文略語辞典」と現代用語の基礎知識の「カタカナ・外来語略語辞典」&その他もろもろ。

うーむ。
貼り紙をして注意を促すことは簡単だけど、怖いのは逆効果となることだ。
<そんないたずらがあったんだ>と気がついて模倣犯があらわれる様子を悲しいけど想像してしまう。
それに・・・もしいたずらじゃなかったとしたら。

つまり、当たり前だけど図書館にはいろんな人が来る。
知的障害のある人とか子どもとか、本人は悪いことをしているという意識がなくてやっているという可能性もある。
うー、ってことは現行犯を捕らえるしかない。
しかし、これだけに関わってられるほど暇じゃあない。

結局、その一番狙われる2冊をカウンター置きにしたわけです。
ああ、なんの解決にもならぬ。

そして、今度は別の本が狙われた。・・・怒・・・苦笑

今一番欲しい超能力は透視力。
そして本の後ろに隠れたものをガンガン見つけ出すのだ。
環境問題を考えると、京都議定書における日本の立場なんて見ているだけで悲しくなる。
二酸化炭素を減らすどころか増やしているっていうのは・・・ちょっとかっこ悪い。
自国だけではだめなので、排出権取引とかでてきていますがそれもどうなのでしょう。
例えばこれから建設する公的施設や高層ビルには必ず太陽光発電を取り入れるとか。
新たに建築するために土地を更地にするときには、簡単に木を伐採するのではなくどこかへ移動させるようにするとか。
そうゆうことはできないことなのかな。
個人とは遠いところで使われるより、目に見える形で税金を使ってくれた方がよいし
政治家としてもアピールできるし一石二鳥。
そんな簡単にはいかないものなのでしょうか。

思うに、政治家や公的機関の上の方々は一般国民とは視点が違うのではないかと思う。
税金でも年金でも。

子どもに課題図書があるように、大人にだって課題図書が必要だ。
特に政治家の人なんて、そりゃあ勉強しているのでしょうけれど、個人では偏りがあるでしょ。
じゃあ誰が課題を出すのかっていう問題が残るか・・・

手始めに、この映画を課題にしてはいかがでしょう。
子どもたちと一緒に見るなんていいんじゃないですか?

『アース』
わかっていることを目にすると、さらに心が痛むので見るつもりはなかったのだけど見てしまった。
こんなのを見ると、人間がとても野蛮でひどい種族に思えます。
内容はNHKで放送していた「プラネットアース」のダイジェスト編集版ですね。
上手に北極から南極までの道のりを映している。

砂漠の土地がみるみる肥沃な湿原になるオカバンゴ。
そこを目指して歩く修行僧のような像の隊列が、到着するなり解き放たれたように水の中で踊る様子は必見。
ホオジロザメのバレリーナばりの空中回転(そしてアシカを豪快に食う)に呻り、
ゴクラクチョウのラブアフェアーに笑う。
すべての映像が美しい。
テレビで見たときは美しいがゆえに、リアルさがなかった。
それが大画面で見るとすんなりはいってくる。

餓えて苦しいホッキョクグマがやむにやまれずセイウチを捕食に行く。
氷が融けてしまったために狩りができないのだ。
暴れるセイウチ、海の巨体ボーボーと。
痩せてふらつきながらも生きるために餌をもとめるホッキョクグマ。
そのホッキョクグマがセイウチの牙に刺されたとき
「ああっ・・・」と漏れた私の声とシンクロして
後ろの席のおじさんも「ああー・・・」

なんだか友達になれる気がした。

政治家のおじさんたちも、お友達になれるのでしょうか。
なりゆきで行くことになった鉄道博物館。
それが、予想以上に楽しかったのです!

大宮駅からマッチ箱のような電車ニューシャトルに乗って一駅。
もしくは大宮駅からから30分くらい徒歩。
鉄道好きな方は、行き帰りで別のルートを使った方がいいですよ。
天気もいいので歩いていくと、その道々にはデゴイチくんやツバメちゃんが迎えてくれるのです。

鉄博


熱心にシャッターを切る若者のまねをしてワタクシも一枚。

入り口で並んでいる人に焦りましたが、バスツアーの人たちがいるようです。
平日なのに・・・
さてタモリ倶楽部を見て、「ぜひミニ運転列車をに乗る!」と同行者がいうものですから
整理券を得るために1時間以上並びました。
これが遊園地とは違って進まない、ただひたすら並ぶのです。
スニーカー履いていくのが正解です。

やっと整理券をゲットして、お腹が空いたので今度は食堂の列に~。
ちなみに駅弁も売っていて、展示車両の一部で食べることもできます。

⇒続きを読む

二コラ・フィリベール監督の『動物、動物たち』を観に銀座テアトルへ。
動物が出ていればなんだって観るんだろう?と言われても仕方がないですね。
年々動物熱が上がっている自分がちと怖いです。

なんていうのかな、生きてる年数だけ動物を見たり会ったりひっかかれたり。
その分だけ好きになるっていうのは、まあ人間相手にも当てはまることではあるけれど。
つまりは愛情には底がないってことなんだろうか。
それはそれでいいけれど、今のところ人間相手に発揮する機会が少ないのが難点ですな。

さて、今回の動物は静物です。
フランスの国立自然史博物館が大改修を行う様子を捉えたドキュメンタリー。
つまり動物はみな剥製なのです。
トラックに乗せられて動かない動物が道をやってくる姿、そこから博物館の秘密の中へ。
というと大げさですが、それでも荷台の彼らはなんだかうれしそう。
それもそのはず、何年も埃をかぶってしまわれていたんだから!

埃を払ってキレイに色を塗ってもらって、破れたところを塗ってもらってぺそぺそお腹もいっぱいにしてもらう。
そうやって、居場所を見つけていく動物と彼らの居場所を作る学芸員の様子をただ淡々と映し出す。
もうちょっとつっこんでもいいんじゃないのかなぁと思ってしまうくらいに。
ある意味自分がそこにいてただそれらを見ている、”目”のようなカメラです。
そこが評価されるところなのだと思うけれど、説明をつい求めてしまう私には少々難しい問題があり。
『パリ・ルーヴル美術館の秘密』のリベンジでもある今回。
がんばりましたが、一時的に記憶の欠落した部分が...
大爆睡した前回よりは、ましですが。

興味はあるんですけどねー、結局自らそこに行きたいのね。

http://www.nicolas-movie.jp/index.html

さて、それから銀座四丁目へぶらぶら。
その小さな文房具店「五十音」は、このあたりじゃないかな?
とアタリをつけてふらふら小路を入っていったところに
不思議な空気を醸し出してぽっかり立っていました。

銀ぶら


木楽社から出ている『ボールペンとえんぴつのこと』という本を偶然手に取ったところ
一風変わったペンや万年筆、鉛筆たちについてエッセイと写真で綴られていました。
世の中には使い捨てのボールペンとかたくさんあるけれど、そうゆうのとは別なペンってありますよね。
今はあまり贈らないものなのかもしれないけれど、入学祝といえば万年筆やらポールペン(ちゃんとした)のセットとか貰ったものです。
ブルーブラックのインクが好きで一時よく万年筆を使っていたのだけど、
ああインク買ってこなくちゃなぁ~とそのままに。
でも頭のどこかでいつも気になっていたのがこの本をめくった動機だろうか。
本に載っていた猫にも会いたかったのですが残念その日は姿見えず。

その足でふらふらと中国料理のお店「維新號」にてお饅頭セットを!
広い空間に点在するお客、おば様トリオのトークをバックにまったりとした時間を過ごしました。
伝票とともに、そっけないようなたどたどしいような日本語で「サービスです」とおかれたのはライチ。

銀ぶら2


躊躇したのだけど結局完食。
実はあまり好きではなかったのでした、ライチ。
ふるっとした不思議な食感と鼻の奥から感じる甘み。
それはそれで今日の気分にはぴったりな感じ。おいしかったってことなのかな。

その後は、「どうせ壊されちゃうんだよー。かわいい建物なのに!」とひとりブーブー文句を言いながら
東京中央郵便局で切手を買い、
おかげで新しい丸ビルの存在をすっかり忘れてお家に帰りましたとさ。
今年の予定、個展やらなにやらありませんかー?
と、若手陶芸家厚川センセにメールをしてもなしのつぶてです。
便りが無いのはよい便り、という意味なのでしょうか。
作品を鋭意創作中という意味なのでしょうか。

というわけで、最近めっきり厚川さん情報がありません。

相変わらずのんびり制作している。
工房に住み着いた猫2匹の飼主候補になって、悩んでいる。
というくらいです。

さて、本人とは直接関係はないのですが、
2月9日発売の雑誌「Casa BRUTUS」3月号は<器>特集です。
(もう少しで新しい号がでてしまいますね・・・)
そこで女優の中谷美紀さんが岐阜県多治見市に取材にきたそうです。
厚川さんも工房として使用している「studio mavo」にもやってきたとか!
他にも「ぎゃるり百草(ももぐさ)」「幸兵衛窯」など、縁のあるところが紹介されています。
こんな環境で作品を作っているんだなぁということがよくわかりますよ。

しばらくぶりにあったとろたは、痩せてました~。

おいおい、ダイエット?
本猫は胡乱な目つきで、ちらと見て、
「ダイエットなんてしたくない。うまいごはんが食べたいよ。」

元々がっしりなめらか黒豹体形ではないとろたくん。
ぽてぽての日本人体形で、食べた分だけ水太り。
なので、食が細くなるとぺっそりと貧相になっていくのでした。
筋肉つけろ~。

しかし、冬の寒さはこたえるのぅ。と、ばかりにすっかりお家でぬっくり過ごすことを覚えてます。
ノラ猫魂はどうした!?
パトロールはどうした!?

その夜、鍋にする肉をテーブルにおいて置いたら

ああっ!

なんと、生肉を召し上がっておりました・・・
びしっと怒ると、ああうまかったと舌をぺろり。

卑しい出自ですが、これまでテーブルの上のものに手を出したことはなかったのに。
食事療法をしても食べなくてお腹が空いて、どこかで変なものを食べてきたら本末転倒。
日本語通じないし、難しいところです。

とりあえず、今のカリカリと今の缶詰を一緒にお皿に入れると、カリカリがしっとりするのがさらにキライなのだそうで。
飼主はお皿をふたつにわけているのだそうです。
そうすると、ちょっとは食べる。

うーむ。

余談ですが、
これまた卑しい出自のとろたの前任者(犬)も、ヨダレだらだら垂らしながらもテーブルのものに手を出すことがないコでした。
それが、死んでしまう少し前、おじいたんになってからのある日。
これまた夕飯のおかずをテーブルにのせておいたら・・・

ありゃ?
あたしの座布団に正座?
な、なにを~?

と、見るとわたしのコロッケが無くなってました・・・

まじめな方だったのでね、きっとささやかな願望があったのですな。

torota

Author:torota
寒いとつい、家でゴロゴロ。
お外にでようか、ぬくぬくしようか。

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