犬小屋にネコ

ぐうたら図書館員がおくる猫の話。映画や本の話などもたまに。

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兇天使 (ハヤカワ文庫JA)兇天使 (ハヤカワ文庫JA)
(2008/02)
野阿 梓

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金髪に猫目、革ジャンにバイクで天界を傍若無人に爆走する。
熾天使セラフィが、上帝からの密命によりアフロディトの子を殺した悪竜ジラフを捕らえる旅に出る話と
運命に翻弄されるホレイシォ・シャトオブリアンの視点からなる「ハムレット」の話が
交互に展開されるこの小説をいったいなぜ手にとってしまったのだろう??

ああ、これが、耽美なのだね!

流れるように紡がれる歯が浮く言葉のオンパレード。
例えば、美貌の熾天使セラフィを形容する言葉。言葉だけにどきどきしちゃうよ。

<美貌の尊厳を身にまとい、夜のように黒く巨大なモーターサイクルにうちまたがり、
天界の秩序のなかを暗い稲妻さながらに爆走したかと思うと、
あっという間に光の彼方へ悠然と消えさる黄金の髪の海賊 p8>


・・・なんである。
一時が万事この調子。
なんだか場違いな世界に入っちゃったな・・・と慄いていいやら笑っていいやらそれでも読み進んで行くと
すっかり嵌まってしまう恐ろしさ。
丁寧に飾りつくされた文章の川を、遡上する鮭のようにかきわけて泳ぎ本流を目指す。
最短でたどり着く必要はここにはない。
というかできない。
ページを繰っては戻り、繰っては戻りを繰り返す。
恥ずかしいほどこってりとした言葉の中に、
作者の緻密な計算や歴史の知識そして「ハムレット」の新解釈が見えてくれば、
あとは流れに身を任せ(あれ、それじゃあ河口に逆戻り?)驚きのラストへ突入するのだ。

それにしてもアフロディトが起こすであろう戦いを
最終美神戦役(アフロディトゲドン!!)と呼ぶなんて。
その、ヨミガナに笑ってしまったよ。
いや、「さいしゅうびしんせんえき」でもすごいけれど。

さて、そのアフロディトゲドンを勃発させないために
ジラフの心臓を渡す約束をアフロディトとしたセラフィはジラフを追って時空を超え世界を旅する。
そしてシェイクスピアが生きる1599年にたどり着いたときふたつの物語がひとつになって最後の物語に。
物語はフィクションでありながら実在する人物や出来事を織り交ぜ、SFに深みを持たせている。
「ハムレット」の方も同様。シェイクスピアの戯曲からは窺い知れない登場人物たちの事情に、
(なんたってホレイシォがすごいことになっている。わたしの好きなストイックで忠実な友人ホレイシォがぁ!)
そんな無茶なと思いつつ、いったい王を殺したのは誰なのか?そしてセラフィの役割は?

読み終わったら、ホレイシォ像がすっかり塗り替えられていましたとさ。

ちなみに、熾天使ってどんな天使だろうと調べてみると・・・

図説 天使百科事典図説 天使百科事典
(2006/01)
ローズマリ・エレン グィリー

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天使の中で最上位。とあるが、その姿は。
美貌の海賊とはいえません。ああ、恐ろしい。
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こうなったらとことん読んでやる。辻村深月3作目。

「ロードムービー」辻村深月
「冷たい校舎の時は止まる」の番外編にあたるこの作品。
しかし、どうにも帯がいやんなっちゃう。この素直さをこっぱずかしく感じちゃうのは、おいら汚れちまったせいなのかい。

誰もが不安を抱えて歩き続ける、未来への“道”。子どもが感じる無力感、青春の生きにくさ、幼さゆえの不器用……。それぞれの物語を、優しく包み込んで真正面から描いた珠玉の3編を収録。涙がこぼれ落ちる感動の欠片が、私たちの背中をそっと押してくれます。はじめましての方にも、ずっと応援してくれた方にも。
大好きな“彼ら”にも、きっとまた会えるはず。


と、講談社さんはいってますけど、はじめましての方にはあまりおすすめしたくない。
知ってるもの同士が思わせぶりに交わす空気。この作品の良し悪しではなく、書き手のスタンスにそんなものを感じる。前作を読んだ人に対してのメッセージとわたしは受け取った。

ロードムービーロードムービー
(2008/10/24)
辻村 深月

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どの作品も子どもが主人公のお話。
特に表題作の「ロードムービー」では、子どもの強さを感じる。
もどかしい現実にどうやって向き合っていくのか、作者はそこを丁寧に書いていく。子どもが好きなんだなぁと思う。小さな頭で何を考えているのか、行動に移す理由はなんなのか。突拍子もないことでも子どもの中ではつながっているんだというそのつながりを描くのがうまいと思う。
2作目は塾の先生になったあの人と生徒の話。
彼がぐるぐるから解放されたのを知ってほっとした。
それにしてもどうして名前を出さないのか、そうゆう焦らしってだめなのだ。
3作目にして、作者の意図がわかりだす。
そうか、そして「冷たい校舎の時は止まる」につながるのでした。
辻村作品2作目に「名前探しの放課後」を選んだのはほかでもない、今回もまた<自殺者の名前が思い出せない>話だから。
これは「冷たい校舎の時は止まる」の対になる作品なのだろうか?いじめや自殺というテーマは作者にとってどんな意味を持つのだろうか。
そしてそんなことよりも、シチュエーション別の同じテーマで別の解決をみせたいのかなと思ったから。
気になります。

「名前探しの放課後」辻村深月

雪深い町に住む依田いつかは、高校一年生。その日、友人を目の前にして不思議な違和感に襲われる。目に入った撤去されたはずの看板。あの看板がなぜまだあるんだ?なぜか突然3ヶ月前にタイムスリップしてしまったいつかは、重大なことを思い出す。もしかしてそれを防ぐことが自分にできるだろうか。
「これから、同じ学年の誰かが、自殺するんだ」
誰かを探すためクラスメートの坂崎あすなたちの力を借りた名前探しが始まる。

名前探しの放課後(上)名前探しの放課後(上)
(2007/12/21)
辻村 深月

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名前探しの放課後(下)名前探しの放課後(下)
(2007/12/21)
辻村 深月

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「冷たい校舎の時は止まる」は優秀な高校生たちだったけれど、こちらは割りと普通の高校の話。むしろいいかげんで友達づきあいも薄い”いつか”が、自殺を止めたい。それは、正義感ではなく知ってしまったから、知っていたのに何もしないなんて罪悪感に苛まれたくないから、という気持ちで人とつながりを持って、自分の過去も乗り越えていく(というと臭いけど)のは素直に好感が持てた。
下巻まで一気で、でも結末はこれじゃあないでしょ?と疑って読んだにもかかわらず、あらわれた結末に。
そんなのありですか?
いや、結末が悪いというわけではない。そこは、まあ想定内。ただ結末にいたる展開に、ええーっ。と、声が出ちゃう。
本当におもしろく読んできただけに、彼らの行動が嘘くさくみえてしまって残念だ。すべてを現実的にする必要はないけれど、それにしても無理があると思う。

どうやら辻村作品は刊行順に読まないといけないということに気がつきました。
前の作品とどこかで何かが繋がっている。
自分の知っている人物が別の作品にこそっと出ている。もしくは同じ現象があることで作品同士につながりを見つける。それは読み手としては楽しいものだけど、この作品では核心に触れる部分に直結してくるのでその前作品を読んでないとまったく意味がわからない。逆に言えばその作品を読んでいれば、最初から登場人物が気づいていないことをすでに知ってるぞ目線で読むことができる。
なんとなく不自然に匂わせている部分があったので、なにかあるんだろうなとは思っていたがこればかりは読まねばわからん。
さすがにそうゆう作りはどうかと思うんだよなぁ。
もっとガチンコで勝負できるのに。

「冷たい校舎の時は止まる」でも思ったけど、登場人物のキャラが立ってるのでこの人の本は映画化しやすそう。個人的には「名前探しの放課後」でスクリーンいっぱい走り回って欲しいです。嗚呼青春。
これもまた現役に読んで欲しい本。

そして仕方ないから次は「ぼくのメジャースプーン」を読みますよ。
何ヶ月かに一度、この人読んでみようかなぁと思う。図書館で調べて、じゃあどれを読もうと選んでみたり、その時書架にある本を手元に持ってきたりするけれど、ほかに先に読むべき本が押していてああまたあとでということになる。
何度繰り返したかなぁ。
しかし、突然やってきた。読むぞって思う時が。

辻村深月「冷たい校舎の時は止まる」

メフィスト賞を受賞したデビュー作。
雪の降るある日、高校へ登校してから気づく。
なぜか自分たちしか学校にいない。そして学校から出ることもできない。
閉じ込められた8人は、あることに気づく。
そう、自分たちの記憶からあることが消えうせてしまっていることに。
「学園祭のあの日、死んでしまった同級生。あれは誰だった?」

冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)
(2007/08/11)
辻村 深月

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冷たい校舎の時は止まる(下) (講談社文庫)冷たい校舎の時は止まる(下) (講談社文庫)
(2007/08/11)
辻村 深月

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いじめっていうのは、いつの時代でも慢性的に存在するもので、悪意があってやるものもその理由ははっきりしなかったりそもそも加害者はいじめているという気すらしていなかったりする。弱い人間がストレスのはけ口として誰かに当り散らすこともあるだろうし、単に相性がよくないってこともある。
そんなつもりもなかった自分の一言で誰かが傷ついたり、傷つけられたりする。

閉じ込められた男女8人の高校生は、「学園祭で死んだ同級生」を思い出す過程でそれぞれの境遇によって出会ってきた過去について考える。
こんなに、こんなに考えたら疲れてしまうよっていうくらい考えるけれど、そういえば自分も学生の頃はぐるぐる考えていたなぁ。いまよりももっと。考えること、悩むことはやはり若者の特権なのかもしれない。
ぐるぐるから出られないかと思うくらい悩んでも、気がつけばうまく処理できるようになってくる。
これが大人になったってことなのかどうかはわからないけど、大丈夫いつかはきっとそのぐるぐるから解き放たれる時がくるよと登場人物には言ってやりたい。
ひとりずつ、自分の心と対峙して学校を去っていく様子はホラーのようでもあるし、同級生の謎や担任の榊の行方についての謎についてはミステリー色もあるけれど、異次元のような世界で繰り広げられるこれは青春小説だ。
今まさに高校生って人が読んだら、感じることは多いだろう。

それにしても、榊の行方は早いうちからわかったけれど、それ以外はさっぱり。解答用紙を埋めることはできませんでした。

文庫版の解説者が、川原泉だったこともうれしかった。
だれでも名前を知っている話なのに、結局のところその中身までもちゃんと読んでいるわけじゃない本がある。教科書に載っていたり、なんとなく内容は知っているのだけど。
図書館の本の分類で、4門に昆虫や動物の本がある。そしてそこには、「ファーブル昆虫記」と「シートン動物記」がずらっと置いてある。新しくないのに、キレイな本たち。みなさん名前は知っているのに、なかなか借りられていかない。これはこのふたつの本に、幾分教科書めいたイメージがあるからなんじゃないだろうか。なんとなく、まじめなイメージが。
とはいえ、わたしも人のことはいえないわけで、「シートン動物記」なんてツボに嵌まること間違いないのにあとにまわされていくのだった。
少し前に文庫化されたのは買おうとまで考えたのに、買ってしまったら結局読まないかもしれない。

そんな時に、目に入ったのがこの本。「シートン(探偵)動物記」

シートン(探偵)動物記 (光文社文庫)シートン(探偵)動物記 (光文社文庫)
(2009/03/12)
柳 広司

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元々の「シートン動物記」を下敷きに、シートンさんをホームズばりの名探偵にしたてたこの作品。実際、主人公が初めてシートンに出会ったシーンはまるでホームズとワトソン君の出会いを感じさせる。でもちょっといっちゃってる感じのあるホームズとは違って、シートンが類まれな洞察力を持つというのは非常に納得できる。野生動物を根気強く観察してきた彼ならありえそうに思えてしまうのだ。

新聞社に勤める主人公が記事を書くために、シートンの体験した不思議な事件の話を聴きに来るという形式のこのミステリー。その7つの謎を解く鍵は7種の動物にあり。おすすめはやはり狼王ロボにふれた「カランポーの悪魔」。実際に自分が小さい頃感じたシートンへの疑念(ロボくらい読んだことがある)が、本当に上手に表現されていて読んでいて驚くほどだった。いま思うと、そのために「シートン動物記」に反感があったのかも。
違和感なく虚実ないまぜに作り上げるところに、作者自身のシートン作品への愛情を感じる。

torota

Author:torota
寒いとつい、家でゴロゴロ。
お外にでようか、ぬくぬくしようか。

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